人を動かす講座(カーネギーの原則を、小さな会社の現場で使う)

区分3 相手に納得してもらう★★★

No.10 議論で勝とうとしない

意見がぶつかった時に、言い負かさずに話をまとめるための回です。★3の毎日のように出番がある原則なので、しっかりやります。
目次
  1. 第0章 前提知識
  2. 第1章 要点
  3. 第2章 なぜ効くのか
  4. 第3章 日常・仕事の例
  5. 第4章 今日の小さな実践
  6. 確認問題

第0章 前提知識

① 議論 :意見の違いを、勝ち負けで決めようとするやり取り

この単元でいう「議論」は、話し合いのことではありません。 どちらが正しいかを決めて、相手を黙らせようとするやり取りのことです。

話し合いは、2人で同じ方向を向いて結論を探します。 議論は、2人が向かい合って押し合います。 同じ話題でも、どちらの形になるかで、終わった後の空気がまったく違います。

② 「勝つ」と「納得してもらう」は別物

議論に勝つとは、相手が言い返せなくなることです。 納得してもらうとは、相手が自分から「そうしよう」と思って動くことです。

区分3の目標は、後者です。 言い返せなくなった人が、そのまま気持ちよく動いてくれることは、ほとんどありません。 黙ったことと、分かってくれたことは違うんです。

③ 顔をつぶす :人前で恥をかかせ、相手の面子(メンツ)を失わせること

議論に勝とうとすると、この「顔をつぶす」が起きやすくなります。 特に、ほかのスタッフやお客さんがいる前での言い合いは要注意です。 勝った瞬間に、相手は「みんなの前で負けた人」になってしまいます。

第1章 要点

① 議論に勝っても、相手は動かない 必ず覚える

議論に勝つと、中身では勝っても相手の気持ちが離れます。 言い負かされた人の心に残るのは、正しい理屈ではなく「負けた」という悔しさです。

しかも、あなたが本当に正しかったとしても結果は同じです。 正しさで押し切られた人は、表では従っても、心の中では納得していません。 言われたことを最低限だけやるか、次の機会にやり返そうとします。

だから、この原則は「正しいことを言うな」という話ではありません。 正しいことを、勝ち負けの形で言わない、という話です。

② 勝ち負けの場になりかけたら、いったん降りる 必ず覚える

議論は、気づいた時にはもう始まっています。 次のようなサインが出たら、勝ち負けの場になりかけています。

サインに気づいたら、次の順番で降ります。

  1. 一呼吸おいて、言い返す言葉をいったん飲み込む
  2. 相手の言い分を、最後まで遮らずに聞く
  3. 「そう考えたのは、どうしてですか」と理由を聞く
  4. 同意できる所を1つ探して、先に口にする
  5. 自分の考えは「私はこう思う」と、自分を主語にして言う

全部できなくても構いません。 1番と2番だけでも、言い合いの熱はかなり下がります。

言い返したくなったら、まず理由を聞く。 この一言を覚えておくと、とっさの場面で役に立ちます。

③ 譲れない所は「一緒に決める」形で通す さらっと

議論を避けるとは、何でも相手の言いなりになることではありません。 ご利用者さんの安全や、お金のきまりのように、譲れない所はあります。

譲れない所は、相手を負かして通すのではなく、目的を共有して通します。 「どちらが正しいか」ではなく「どうすれば2人の目的がかなうか」に話を移すんです。 その場で決めきれない時は、「一度持ち帰って、明日もう一度話しましょう」と時間をおくのも立派な選択です。

第2章 なぜ効くのか

① 反論されると、人は意見ではなく自分を守り始める

人は、自分の意見を自分の一部のように感じています。 だから意見を否定されると、自分そのものを否定されたように受け取ります。

そうなると、相手の頭は「どちらが正しいか」を考えるのをやめます。 代わりに「どうやって自分を守るか」を考え始めます。 こちらが理屈を重ねるほど、相手は守りを固めるだけです。

② 負けた側には「次こそ」が残る

1回きりの相手なら、言い負かして終わりにできるかもしれません。 でも、あなたの周りにいるのは、明日も顔を合わせる人たちです。

家族スタッフも常連の利用者さんも家族も、関係が続きます。 負けた悔しさは消えずに、別の場面で返ってきます。 協力してほしい時に動きが鈍い、報告が遅れる、といった形で出てくるんです。

③ こちらが降りると、相手も降りやすくなる

議論は、2人が押し合うから続きます。 片方が押すのをやめると、もう片方も押す理由がなくなります。

あなたが理由を聞き、同意できる所を口にすると、相手は「この人は敵ではない」と感じます。 身構えがとけると、相手は初めてこちらの話を聞く余裕を持てます。 納得への入口は、相手が身構えをといた後にしか開きません。

第3章 日常・仕事の例

① 記録の書き方で、家族スタッフのAさんと食い違う

訪問介護の記録を、家族スタッフのAさんは短く書きます。 あなたは、もっと詳しく書いてほしいと思っています。

ダメな言い方: 「いや、それじゃ足りないって。前にも言ったよね。記録は詳しく書くのが常識だから」

これでは、Aさんは「また責められた」と感じて黙ります。 翌日からも、書き方はほとんど変わらないでしょう。

言い換え: 「短く書いてるのは、何か理由があるの?」 (Aさん:訪問が詰まってて、書く時間が取れないんです) 「そうか、時間が足りないんだね。それは確かに大変だ。私が気になってるのは、ほかのヘルパーさんが読んだ時に様子が分かるかなんだよ。時間がない中で、そこだけ押さえる書き方を一緒に考えられないかな」

Aさんの事情を先に受け止めてから、あなたの目的を伝えています。 話が「どっちが正しいか」から「どう書くか」に移りました。

② 延長料金で、スタジオの利用者さんが納得しない

レンタルスペースの利用者さんが、15分の延長料金に不満を言ってきました。 「ちょっと片付けが長引いただけなのに、取るんですか」という言い分です。

ダメな言い方: 「規約に書いてありますよね。予約のときに同意されてますので」

規約の上では、あなたが正しいです。 でも利用者さんは、言い負かされた気分のまま帰り、次からは別のスタジオを探すかもしれません。

言い換え: 「片付けまで丁寧にしてくださったんですよね。ありがとうございます。次の方の予約が入っていたので、延長の扱いにさせていただいています。次回は片付けの時間も含めて予約していただくと、気持ちよく使っていただけると思います」

料金のきまりは曲げていません。 ただ、規約を盾に勝つのではなく、相手の行動を認めてから理由を伝えています。

③ 子どもの習い事で、妻と意見が分かれる

子どもの習い事を増やすかどうかで、妻とあなたの意見が分かれました。 あなたは「今のままで十分」、妻は「今のうちにやらせたい」と考えています。

ダメな言い方: 「でも、今だって疲れてるじゃない。増やしたら続かないよ。前もそうだったでしょ」

正論を並べるほど、妻は「私の考えは否定された」と感じます。 話は習い事から、どちらが子どものことを分かっているか、という勝負に変わってしまいます。

言い換え: 「やらせたいと思ったのは、何かきっかけがあったの?」 (妻:本人が友だちの話を聞いて、やってみたいって言ってたの) 「そうなんだ、本人が言ってたのか。それなら大事にしたいね。疲れ具合だけ少し心配だから、本人にも一緒に聞いてみようか」

理由を聞いたことで、あなたの知らなかった事実が出てきました。 議論で押し切っていたら、この事実は出てこなかったはずです。

第4章 今日の小さな実践

今日、誰かに言い返したくなった時に、1回だけこう聞いてください。

「そう考えたのは、どうしてですか」

相手は家族スタッフでも、家族でも構いません。 聞いた後は、相手の答えを最後まで遮らずに聞きます。 自分の意見を言うのは、その後です。

1日の終わりに、振り返りシートの「使った原則」に「No.10」と書きます。 「やってしまったこと」の欄には、言い負かしてしまった場面があれば正直に書いてください。 1回できただけで、十分な前進です。

○ よくある勘違い:議論を避ける=言いなりになる、ではありません。譲れない所は通します。変えるのは、勝ち負けで通すか目的を共有して通すかという所です
○ 関係する単元:No.07(聞き手にまわる)で身につけた「最後まで聞く」が、ここでそのまま生きます。相手に話してもらって結論を相手の考えにする方法は、No.13(後で出ます)で扱います

議論に勝っても、相手の気持ちは離れる。言い返したくなったら、まず「そう考えたのはどうして?」と理由を聞く。譲れない所は、負かさずに目的を共有して通す。

確認問題

問1 家族スタッフのAさんと仕事の進め方で意見が分かれ、あなたは理屈で説明してAさんを黙らせました。この後に起こりやすいこととして、本文の考え方に近いものはどれですか。

問2 スタジオの利用者さんが延長料金に不満を言ってきました。規約上はあなたが正しい場面です。本文に近い対応はどれですか。

問3 話している最中に、自分が「でも」「いや」で話し始めていることに気づきました。最初にすることとして、本文に近いものはどれですか。

問4 議論を避けると、なぜ相手がこちらの話を聞いてくれやすくなるのですか。本文の説明に近いものはどれですか。

出典:D・カーネギー『人を動かす』の原則(「議論を避ける」)をもとに、独自の言葉と例で再構成。例はすべて架空です。