人を動かす講座(カーネギーの原則を、小さな会社の現場で使う)
区分4 人を育てる・注意する★★★注意には2つの渡し方があります。 1つは「ここが間違っている」と指で差すやり方です。 もう1つは、相手が自分で見つけられるように、材料を目の前に置くやり方です。
たとえば、服に糸くずが付いている人がいたとします。 大きな声で指摘すれば、周りの目も集まって相手は恥ずかしくなります。 そっと鏡の前に誘えば、本人が気づいて自分で取ります。 この回でいう「遠回し」は、後者の渡し方のことです。
「ほめる→叱る→ほめる」と挟む話し方を、サンドイッチと呼ぶことがあります。 形だけ真似ると、ほめ言葉が「この後に叱られる合図」になってしまいます。 何度か続くと、相手はほめられた瞬間に身構えるようになります。
この回の原則は、挟み方の型ではありません。 本当に認めている所を、注意とは切り離して言葉にすることが中心です。 ほめ言葉が注意の前置きとして使われた途端に、効き目は消えます。
注意の中身が正しくても、言う場所と言い方で相手の顔をつぶすことがあります。 詳しくはNo.16(後で出ます)で扱います。 この回では「二人の時に言う」を前提に読んでください。
注意したいことがある時ほど、相手の悪い所しか目に入らなくなります。 そこで、話す前に「この人の、本当に良いと思っている所」を1つ探します。 注意と関係のない所で構いません。
大事なのは、作り話のほめ言葉にしないことです。 思ってもいないことを言うと、相手はすぐに「前置きだな」と気づきます。 具体的な行動を言葉にすると、本気で見ていたことが伝わります。
そして、ほめた後を「でも」でつながないことです。 「よくやってくれてる。でも…」と続けると、相手の耳には「でも」の後ろしか残りません。 前半は、後半を言うための言い訳に聞こえてしまうからです。
ほめる言葉は、それだけで言い切ります。 少し間を置いて、話題を変えてから本題に入ります。 ほめるのと注意するのを、別の日に分けても構いません。
遠回しに気づかせる時は、答えを言う代わりに材料を見せます。 材料とは、記録票や予定表のような、相手が自分の目で確かめられる物のことです。
「ここが書いてないよね」と言う代わりに、「昨日の記録を一緒に見てもらえる?」と誘います。 相手が自分で空欄を見つければ、責められた感じは薄くなります。 見つけた本人が「すみません、書きます」と言えば、それで十分です。
遠回しといっても、ぼかして伝わらないのでは意味がありません。 何を直してほしいかは、最後には相手に分かる形にします。 回り道をするのは「入り方」であって、「中身」ではありません。
注意の前に、あなた自身の似た失敗を短く話します。 「私も前に、同じ欄を書き忘れて慌てたことがあって」という一言です。
上の立場の人が自分の失敗を話すと、話が「上から下への注意」ではなくなります。 同じ道を通った人からの助言として、受け取りやすくなります。
ただし、作り話はしません。 本当にあった失敗を、一言か二言で済ませます。 長く話すと、相手のための注意が、あなたの思い出話になってしまいます。
ここまでの話には、はっきりした例外があります。 介護の現場で、服薬・転倒・体調の急な変化のように、ご利用者さんの安全に関わる時です。
この場面では、ほめる所から入る時間はありません。 安全に関わるミスは、その場で短く、はっきり伝えます。 「Bさん、手は添えたままでお願いします」のように、何をするかを一言で言います。
はっきり言うことと、責めることは別です。 声を荒げたり、人格に触れたりはしません。 落ち着いた後で二人の時間を取り、理由を説明して、次からどうするかを一緒に決めます。
○ よくある勘違い:「先にほめれば、何を言っても大丈夫」ではありません。ほめ言葉が本物でなければ、かえって信用を失います
○ 関係する単元:No.02(心から認めて言葉にする)、No.16(命令ではなく問いかけ)
人は、行動を注意されただけでも、自分という人間を否定されたように感じがちです。 そう感じると、話の中身より先に、自分を守る気持ちが立ち上がります。 言い訳をしたり、黙り込んだりするのはそのためです。
先に本当に認められていると、「この人は自分を分かってくれている」という土台ができます。 土台があると、注意を自分への攻撃ではなく、仕事の話として聞く余裕が生まれます。
人から言われて直すことは、どこか「やらされている」感じが残ります。 言った人が見ていない所では、元に戻りやすくなります。
自分で見つけた間違いは、自分で直したい気持ちが働きます。 誰かに命じられたからではなく、自分が気づいたから直すので、続きやすいんです。
家族スタッフには、他人のスタッフより遠慮がなくなります。 「家族だから分かってくれる」と思うので、いきなり本題に入り、命令口調になりがちです。 他のスタッフやご利用者さんの前でも、つい普段の口調で注意してしまいます。
言われる側も家族なので、言い返しにくく、気持ちを飲み込むことが増えます。 仕事のことで傷ついた気持ちが、家の中まで持ち込まれることもあります。 身内こそ、他人のスタッフと同じ丁寧さで入る必要があるのはこのためです。
Aさんは、ご利用者さんへの声かけがとても丁寧です。 その一方で、サービス記録の一部をよく書き漏らします。
ダメな言い方 事務所で、他のヘルパーさんもいる中で言います。 「Aさん、また記録書いてないじゃない。何回言ったら分かるの」
身内なので遠慮がなく、人前での注意になっています。 Aさんに残るのは、記録の大切さより恥ずかしさのほうです。
言い換え 二人きりの時間を作ってから話します。 「昨日のご利用者さん、Aさんが帰った後、ご家族が『あの方だと安心する』っておっしゃってたよ。声のかけ方、本当に上手だね」
ここで一度、言葉を切ります。 少し間を置いてから、別の話として切り出します。 「話は変わるんだけど、昨日の記録を一緒に見てもらえる? 私も前に、ここの欄を書き忘れて、後で確認の電話をもらって慌てたことがあって」
Aさんが自分で空欄を見つけたら、「そうそう、そこ」で止めます。 重ねて説教はしません。
ご利用者さんが立ち上がる時に、Bさんが支えの手を早めに離しかけました。
ダメな言い方(遠回しすぎる) その場では何も言わず、後で「Bさんはいつも頑張ってくれてるよね。ところで、最近どう?」と探りを入れます。 これでは、何がいけなかったのかが伝わりません。 次の訪問で、同じことが起きるかもしれません。
言い換え その場で、落ち着いた声で短く言います。 「Bさん、立ち上がりが終わるまで手は添えたままでお願いします」
ご利用者さんが座ってから、二人の時に話します。 「さっきは急に言ってごめんね。転びそうになる時って一瞬だから、あそこだけは先に言わせてもらったよ。次から、立ち上がりの時はどう動くか一緒に決めておこうか」
安全のことは、はっきり言います。 はっきり言った後に、責めずに理由を話し、次の動きを一緒に決めます。
レンタルスペースの鍵を、手伝ってくれている家族が返却箱に戻し忘れました。
ダメな言い方 「鍵、戻ってなかったよ。ちゃんとしてよ」
言い換え 「いつも夜の締めをやってくれて、本当に助かってる。私が出られない日も回ってるのは、そのおかげだよ」 間を置いてから続けます。 「それと、昨日の夜の鍵の箱、ちょっと見てみてくれる? 私も一回、ポケットに入れたまま帰っちゃったことがあってね」
ほめる所は、鍵とは関係のない「いつも手伝ってくれていること」です。 本当に助かっていることなので、作り話にはなりません。
今日、誰かに注意したいことが1つ出てきたら、言う前に「その人の本当に良いと思う所」を1つだけ紙に書きます。 具体的な行動で書きます(例:「ご利用者さんへの声かけが丁寧」)。
それを、注意とは別の言葉として言い切ります。 「でも」を使わずに一度区切り、それから材料を見せる形で本題に入ってください。
服薬や転倒のように安全に関わることだけは、この手順を飛ばしてその場ではっきり伝えます。
注意の前に、本当に認めている所を1つ言い切る(「でも」でつながない)。答えを指差さず、材料を見せて相手に気づいてもらう。安全に関わることだけは、その場ではっきり言う。
問1 家族スタッフのAさんに記録の書き漏れを伝えたい時、この回の考え方にいちばん近い言い方はどれですか。
問2 ご利用者さんの立ち上がりの途中で、ヘルパーのBさんが支えの手を離しかけました。どうするのがよいですか。
問3 注意の前に自分の失敗談を話す時、気をつけることとして正しいのはどれですか。
問4 毎回「ほめる→叱る→ほめる」の順で話していたら、Aさんがほめられた瞬間に身構えるようになりました。何が起きていると考えられますか。
出典:D・カーネギー『人を動かす』の原則(「まずほめる」「遠回しに注意を与える」「自分の過ちを話してから注意する」)をもとに、独自の言葉と例で再構成。例はすべて架空です。